Profile


小川 徹

1979年7月3日生まれ。36歳。

大阪生まれ、横浜育ち、東京在住。

趣味はビール、特技ビール。動物占いは、たぬき。

 

幼少時代、ピアニストの母親の指導の下、ピアノを弾き始める。

この頃、バロック音楽に影響され、バッハの「ブランデンブルク協奏曲」にハマる。

この頃、将来はピアニストになりたいと宣言するが、母親に一蹴され、早々にあきらめる。

 

中高時代、某マンモス校に埋もれながら、ひたすらプールで泳ぎ、ひたすらお勉強する毎日を送る。

この頃、70sファンクソウルに影響され、EarthWind&Fireの「Fantasy」にハマる。

この頃、ミュージシャンなんてナンセンスだという考え方を植え付けられ、徐々に鍵盤から離れていく。

この頃、オリンピック選手を目指してるんぢゃないかくらい、アホみたいに泳ぎまくるが、今は見る影もない。

 

大学時代、ひたすらビールを飲み、ひたすらウコンを飲む毎日を送る。

この頃、ダンスマンに影響され、「ハッピーサマーウェディング」を通じて、モーニング娘。が気になりだす。

この頃、流行りにのって同期とスノボサークルを設立し、毎年冬はシーズン通してストイックにスノボに明け暮れるが、今は見る影もない。

 

社会人1~3年目、残業とビールとウコンに明け暮れる。

この頃、まさにブラック系SOULの音楽に影響され、KCi-JoJoやBOYS to MENにハマる。

この頃、「仕事こそ人生」と志し、ひたすら残業し、ひたすら勉強し、ひたすら先輩と飲む毎日。

この頃、流行りにのって同期と毎週末サーフィンで千葉の海に通ってみるが、今は見る影もない。

 

社会人4~5年目、やっぱり音楽をやりたくて、ちょっとずつ音楽をかじり出す。

この頃、さすがに無駄な残業に辟易し、やはり音楽に少しでも触れたいと思い、地元のママさんゴスペルグループに入会する。

しかし、本当にママさん過ぎて、練習よりもお茶の時間の方が長く、苦痛を感じ、退会する。

 

社会人6~8年目、徐々に本格的に音楽を始め出す。

この頃、本格的にボーカルを身につけたいと思い、某スクールに入会する。

この頃、同スクールの生徒と2人組のボーカルユニットを結成し、自身で作詞作曲をして、同スクール主催の発表会的なライブに定期出演する。

そして、自分がピアノを弾けることを思い出し、ライブにピアノを取り入れ、生演奏主体の形式にすると、思いのほか評判が良く、調子に乗る。

合わせて、数多くのアーティストと知り合うことで、他のアーティストのPfサポート活動も主軸の一つとなっていく。

だた、その相方と馬が合わず、じきに解散。

 

社会人9年目、兼ねてからPfサポートをしてたGt+Voアーティスト「聞間 拓」とのユニット「ききまたく」を結成。

全曲二人で作詞作曲してオリジナル曲を準備し、アコースティックの生演奏主体のツインボーカルにてライブ活動を開始。

1stアルバム(8曲入り)「RE:BIRTH」レコ発ワンマンライブ@吉祥寺Star Pines Cafeを成功させる。

 

社会人10~11年目、「ききまたく」の活動が本格化。

都内中心に、年間のライブを100本以上に増やし、徐々に顧客を増やしていく。

同年は、2stアルバム(4曲入り)「アクセル」レコ発ワンマンライブ@吉祥寺Star Pines Cafeを成功させる。

翌年は、3rdアルバム(8曲入り)「DUO」レコ発ワンマンライブ@渋谷DUO Music Exchangeを、動員520人の満席で成功させる。

この頃、「小川 徹」ソロとして、全曲オリジナル曲のピアノ弾き語りのスタイルにて、ライブ活動を開始。

 

社会人12~13年目、「小川 徹」ソロの活動が本格化。

ソロ活動と「ききまたく」に加えて、様々なアーティストのPfサポート、レコーディング、作詞作曲編詞編曲にも積極的に参加。

都内中心に、年間のライブを200本以上に増やし、徐々に顧客を増やしていく。

自身のソロワンマンライブ「Espressivo Piano Night」@南青山MANDALAを満席で成功させ、ソロ1stアルバム(8曲入り)「Espressivo Works」をリリース。

翌年も、満員御礼の同企画@南青山MANDALAにて、ソロ2stアルバム(8曲入り)「Ever Espressivo」をリリース。

2016年、同企画を、憧れにして念願の場所、Motion Blue 横浜にて開催し、満員御礼で大成功を収める。

 

『真ん中に響く言葉で、真ん中に響く旋律で、【人間】を描きたい』

 

その音楽の在り方を信じながら、都内で精力的に活動しつつ、数多くのアーティストのPfライブサポートやレコーディングにも参加しながら精進する日々。